東京地方裁判所 昭和30年(ワ)9190号 判決
証人野村公雄の証言によれば、訴外野村公雄は本件約束手形作成当時被告に雇われ、被告の会計、税務の事務を担当し、被告が約束手形を振り出す場合には社長の指示に従い手形作成をなし、その為に平常から手形用紙、社長印、会社印の保管を託されていたのであつたが、かねて別に被告代表者(社長)に無断で振り出し、訴外丸素鋼材株式会社に貸与した約束手形の支払資金を調達することを訴外新井明に依頼し、そのために本件手形を作成し、他で割引をうけるためこれを同訴外人にあてて振り出したところ、同訴外人はこの約束手形を訴外板橋信用金庫に裏書譲渡し、割引料を控除した二十四万九千百円を同金庫から受領しながら割引を受けることができなかつたといい、曖昧な態度をとつている中に所在をくらましたことを認めることができるから、訴外板橋信用金庫は訴外野村公雄の無権限の手形作成という違法な行為により手形割引名目により二十四万九百円の出捐をしたのであつて、この出捐は訴外新井明(裏書人)に対する遡及権の行使により法律上回復をはかることができる筋合であるけれども、遡及義務者たる新井明において所在をくらまし、事実上遡及権行使の不能な実状にある以上その遡及権は法律上の評価において無価値に均しく、板橋信用金庫の右出捐は全部その損失となつたものという外はない。なお証人野村公雄の証言によれば同人は訴外新井明に対し初対面で割引の依頼をしたものであることが認められ、無権限振出の行為と合せ考えるときはこの結果に対し故意といい難いとしても到底過失の責を免れることができないものといわなければならない。又野村公雄の被告に対する雇傭関係、職務上の地位が前認定のとおりであつてみれば、被告は板橋信用金庫に対し民法第七百十五条第一項の規定により、訴外野村公雄が同金庫に加えた損害の賠償をすべき義務あること明かであるとして原告の請求を認容した。